その暴漢は自らは無傷のまま女性に痛みを与えることに大変たけており、非力で無防備な高齢者を選りすぐる確かな観察眼と、雑踏にまぎれ近づく周到さと、すれ違いざまの不意をつく打撃速度を誇っていたようです。神戸三ノ宮駅前の路上で標的に選ばれたのが母でした。一瞬ののち暴漢は悪辣な言葉を吐いて足早に立ち去り、混乱する母の上腕部にどす黒い痣が大きくひろがりました。
痛ましい凶行をどうしても未然に防ぎたいのに、凶行前に捕縛はできず、凶行後には取り返しがつきません。世の理が暴漢の善意を信頼して待っている間、自分にできることとは?まずは呪いをかけること。アイロニーの呪いをかけられた者は、どんな高く分厚い壁も半透明に見え、自らの信念の外部にいる思いがけない冷ややかな己自身を片時も見過ごせなくなるのです。