2024-02-28

ツィツカという、ジョージアでワイン用に栽培されている白ブドウの品種があると知りました。

・ツィツカ
・ツチカメムシ
・土御門通親(ツチミカドミチチカ)
・キャベツチカカツカム

今までこつこつと集めてきたツチカっぽい言葉、ついに4個に!

2024-02-18

映画『北極百貨店のコンシェルジュさん』の打ち上げパーティーに出席し、会場にお集まりの監督やスタッフの方々、キャストや音楽の方々、制作会社さんやその他関係者様方100人以上の前で壇上からごあいさつをする機会をいただきました。この数週間で映像化にまつわる憤懣を抱えて自裁された漫画家の気持ちに何度も想像をめぐらせましたが、眼の前のリアルに目を向けると自分の映像化はうたがいようもなく恵まれていて幸せな言葉しか思い当たりませんでした。口から出る言葉はただありがとうだけという小坂忠さんの歌を思い出しました。

作家個人の範疇を超えた問題について、将来的に漫画家組合のような組織がつくられ構造が改善されることが解決に近づける道かと思いますのでそう望みます。

2024-02-13

「映画監督松本壮史のいま観たい青春映画10選」という、メンズノンノではじまった松本壮史監督の連載コラムで挿絵を担当しています。

第1回『リンダリンダリンダ』

2024-02-10

マタイによる福音書19:14より。あるときイエスのもとへ人々が子供らを連れて大挙し、子供の頭に手をおいて祈ってやってください、とイエスに望んだ。イエスの弟子らは彼らを追い払おうとしたが、イエスは弟子らを制止してこう言った「子供たちを来させなさい。私のところに来るのを妨げてはならない。天の国はこのような者たちのものである」

Suffer little children, and forbid them not, to come unto me: for of such is the kingdom of heaven.”

「子供たちを苦しめよ」ってどういうこと? と思ったら、sufferは「苦しめる」のほかに「許可する」という意味があるとのことでした。

ものの本によると、この聖句をマイラ・ヒンドリー(1960年代マンチェスターで残酷きわまる児童連続殺人を行った犯罪者)が獄中で唱えたそうです。この本はThe Smithsのモリッシーにも読まれ、The Smiths “Suffer little children“(1984年)のアイデアになったそうです。歌詞が全てマイラ・ヒンドリーの事件に関する内容になっています。モリッシーは事件の現場となったマンチェスターの出身であり被害児童らと年齢が近かったそうです。

sufferの異なる2つの意味によって、さらにそれにつづく聖句はますます印象がおそろしく異なってくる。それでもなお、どちらの意味でもそれぞれ文章として矛盾なく読めてしまう。さらには、そんなレトリックの知的遊戯などどうでもよくなる残酷な現実と紐づいている。『その聖句をマイラ・ヒンドリーが唱えたらsufferが「子供たちを許可せよ」じゃなくて「子供たちを苦しめよ」になっちゃうでしょうが、がっはっは』という洗練された皮肉を言ってのけることを誰にでも可能にしてくれる、あまりにも機能的すぎるエピソードなため、さすがに作り話なのでは、と疑ってしまいます。もしかしたら、実際はマイラ・ヒンドリーがただ敬虔な気持ちで聖句を唱えたものを、頭が切れる皮肉屋の記者が切り取って針小棒大に書き立てただけかもしれないし、絶対にそうだろうという気がします。もちろんその皮肉は単にゲスなだけではなく啓蒙的な効用も見込まれていたかもしれないし、その皮肉を引用したモリッシーには当事者ならではの切実さがあったはずと想像します。

ひるがえって自分はマンチェスターにも聖書にも関わりがなく、何ひとつ当事者ではありません。ただし自分はゲスなため、鋭い皮肉ならば古今東西、委細かまわず愛好しており、そのためこのエピソードも好きでした。

ムーアズ殺人事件に触発された作品というものはThe Smithの曲以外にも色々あるようです。エドワード・ゴーリーの絵本『おぞましい二人』(1977年)もその一つです。画面を埋め尽くすペンのストロークが特徴的で、自分はつよく影響を受けました。絵柄のスタイルからも、そのスタイルに宿る魂からも。

マイラ・ヒンドリーが唱えたsufferの異なる2つの意味によって乖離した解釈の落差から生まれた強烈な皮肉の感覚が、呪いのように自分の脳裏に焼き付いていて、そのような感覚を表現したい衝動が、かつての自分を漫画に駆り立てていたのだと思います。今思うとそれは自分の中で燃え上がるゲス心が投射した幻影にすぎないのですが、どす黒くて激しくて、執拗でかつ空疎なその魂は、たしかに、画面を埋め尽くすペンのストロークによく似ておりました。

(最近、自分が漫画を描きはじめた頃の初心を見つめ直しています)