近所にめちゃくちゃうまいうどん屋さんがあります。昨日、もりうどんを注文した後にスマホをいじって待っていると、店員さんが薬味セットを持ってきてくれて、メニューと醤油を指さしながら何かを説明してくれました。うどんの楽しみ方についての提案のようでしたが、自分の知らないやや高度な内容で、また別の考えごとをしてたせいで、何のことかわからないまま、あっ結構ですと言ってしまいました。このお店は薬味に少し独特な流儀があって、ていねいに説明してくれるのですが、何度か通ううちにもう説明は大丈夫ですねという信頼関係が生まれていました。べつに敷居の高いお店ではなく、その通りに食べてみると実際にうまいので、いつもちょっとした楽しみになっていました。今回はその次のレベルに行けたかもしれないせっかくの提案だったのに、残念ながら逸してしまいました。またチャンスを待ちたいです。それで普通にもりうどんを食べたのですが、めちゃくちゃうまかったです。
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2026-02-09
子供のころ母に連れられて行った投票所からの帰り道で、選挙とは何なのかについて教えてもらいました。じゃあ母はだれに投票したのかと質問してみたところ教えてもらえませんでした。それは秘密でいい、投票自由の原則というものがあると母は強調しました。母がどのような候補に投票したか今なら想像がつきます。道ばたで決して口にしなかったのは、自身がマイノリティでありその情報が致命的という事情もあったかもしれません。
2026-01-27
母親が持っていた『Dr.スランプ』の単行本をはじめて読んだとき、自分の知っているアラレちゃんと少しちがっていて、序盤は頭身が高いのが不思議でした。それがどういうことだったのか、自分なりにわかってきました。左は2022年、右は2026年。

2025-12-30
2021年、おすすめ海外マンガを紹介する記事に参加したけど、自分はもうすぐやって来る生成AI全盛時代に対する恐怖で頭が一杯で、愉快でかわいい内容についてほとんど伝えていませんでした(『アイデア』393号)

2025-12-19
以前させていただいた漫画の連載が終わりにさしかかった頃、連載が終わった後の人生について何の考えも持っていない自分に対し、担当編集さんが「この漫画を売るために、新しく漫画を描いてください。漫画を描くことこそが漫画の最も効果的な広告なので(大意)」と言葉をかけてくださいました。担当編集さんはかつて誰もが知っている大手広告代理店に勤めておられた経歴があり、それもあって、広告と漫画についての深い洞察がこめられた言葉だと感じました。色々とお話しくださった中には、自分がにぶすぎるせいでキャッチしきれず逸した言葉も多々あったかとは思いますが、この言葉は自分にも衝撃的に響き、今でも心に突き刺さっています。実際にそれ以来商業漫画から身を引いて5年以上過ごしたことで、自分を動かしてくれた人生の名言となりました。今後も指針とさせていただきたいです。
2025-11-20
集めた資料や綿密にお膳立てしてきた下絵が、制御しづらい葦ペンでザクザク線を引くたび一つ一つ役目を終えていく。盛られすぎた墨汁がドライヤーでは乾ききらなくてスキャナーのガラスの上で拭かれて終わる。描き上がった原稿のしょぼさがとても信じられなくて、ランダムな墨汁だまりや偶然向きが揃った線などの無意味な事故にあたかも目に見えない何かが宿っているかのように自分をそそのかす。ペン入れ楽しいです。





クマの描き方
連日国内で多くの熊害が報道されています。被害にあわれた方々に心からお見舞い申し上げます。
近い将来、クマをかわいらしく肯定的に表現することが反社会的とみなされる風潮になるかもしれないと想像しました。そしてまた、もう少し先の未来、人間が熊害問題を克服したとしたら(クマを絶滅させて?)そのときは逆にクマに同情的な風潮になるかもしれないと想像しました。
クマが恐ろしい害獣であると同時にかわいいキャラクターでもあるという二重性に自分はやや固執しているため、どんな世の中になったとしても自分が描くものは誰かにとって不謹慎にあたりうると思います。せめて誰かにとっておもしろいクマであったらいいなと思います。

2025-10-14
いつもインスタグラムでクマ動画ばかり見て無限に時間を溶かしてきました。最近、AIが生成したAIクマ動画も流れてくるようになりました。このクマ動画は本物?AI?と考えながら見ているうちに自分は「自分っていつも『自分は”本物”を見ている』って信じながらインスタグラムをしていたんだな〜」と初めて自覚しました。そこでインスタグラムでクマ動画を見ることをやめました。スッとやめられたのは、たぶん沢山見すぎて、癒やされを通り越して体にだるみが降り積もる無意味限界意味時間に突入していたせいもあると思います。気づかせてくれたAIにこの場を借りてお礼を言わせてください。
ありがとう。
自分が描くクマも、AIが無限に生成してくれたら絶対その方がはるかに早くて品質も安定していて、自分の手で描く必要はないと思います。今はまだ「手で描く楽しさ」が動機の大半で、たとえAIが代替してくれても自分はクマを描くと思われるし、べつにコンスタントに高品質なクマを供給しつづける必要にも迫られていないので、自分の手で描いています。
誰もが自らを売り込みたくて信用を得たくて大量の空手形を互いに濫発しあい、いざ誰かが破綻して滞ったとき、裏書きをたどるとそこには振出人がいて、支払いの義務が生じ、善意の人ばかりが本物の労働で埋め合わせをしいられる世の中が詐欺だとして、それを告発する手続きが問題なく機能する程度にはこの世の中を保って破滅しすぎないように、しょぼくても本物のクマを描く人間であれたらと思いました。
2025-09-25
動物を見るとなんの疑いもなく自分は動物の味方だと思ってしまう感覚があって、子供のころは絶滅動物の本を自分も絶滅動物になったつもりで読んでいました。絶滅動物の保護を訴えたナチスの思想と所業を知ってからはこの感覚でいくと間違う危険性があると考え、自分を動物の味方とは信じすぎないように心がけました。それでもやはり動物に心のナレーションを勝手にあてる行為は楽しすぎてどうしても止められず、なら冗談として発散させようと思って動物がしゃべるマンガを描きました。冗談ならいいけど、本気で動物の心の声がわかるかのようにほのめかす人は不安なので、いつも遠くから慎重に眺めていたいです。
2025-07-21
同居人に嫌われたとき、自分のほうは好きだったので問題でした。当時の投稿を見返すと「今回の目標は、サブカル漫画が大嫌いな同居人にムカつかれないような漫画」とあり、それはまったく素直な気持ちでしたが、今思うとこんな屈託のなさも意図せず侮蔑を伝えていたのでしょうか。彼は侮蔑に敏感で褒めも簡単に受け取りませんでした。彼が家を出たあと彼を思って漫画を描いて、コミティアに出しました。商業誌で連載した頃はもし彼が読んだとしても憎まないですむ漫画であるように演出を練りました。しかし結局は気がゆるみ、最後に会ったときめちゃくちゃ遅刻してしまい、敬意も伝えられず、連絡先もアカウント名も何度聞いても最後まで教えてもらえませんでした。それで、今では心の中でアタックしています。