2026-09-08

2週間ほど経ちましたが、コミティアの日に、同行六人の面々と、新橋の台湾料理店「香味」で打ち上げをしました。店主の方が、あさり炒めと揚げパンの組み合わせをおすすめしてくれました。あさり炒めの残り汁に揚げパンをひたして食べるというのです。めちゃくちゃうまく、同行六人一同ブチ上がりました。かつて新宿の中華料理店「上海小吃」でも同じように揚げパンを何かの残り汁にひたして食べておいしかった記憶がよみがえりました。たしか新宿眼科画廊で行った「AMラジオ展」の打ち上げか何かで、そのときも嘉江さん谷口さんがいた気がします。このメニュー以外も全部がおいしかったです。

口内炎ができました。

ソーシャルメディアを見ていて、タイムラインにあおられてうたっちゃいそうな胸の高鳴りと、当事者として責任をとれる自分ごとのみに発信を限るべきという観念が、頭の中で葛藤するとき、アバターに置きかえて自分の実体験を書き記すことで両方を尊重できないかと模索した痕跡が、クマのラクガキとして現れていきます。

凶暴化するメモリアル

まんだらけで買ってきた漫画のシュリンクを外そうとすると、カバーに貼り付いて剥がれず、何?と戸惑いながらなんとか剥がすと、カバーの表面で一部に施されているツヤツヤなUV加工が、見た目は透明のツヤツヤなまま、まるでガムテープのように強力な粘着面に変質していました。本書(『少女・ネム 増補版』)がいくつかの版において経年劣化によりこうなってしまうことは、漫画愛好者たちの間ではわりと知られた現象らしく、検索してみると「本棚で隣の本に貼り付いてしまい結局2冊とも破損した」といった事例がいくつも報告されていました。このUV加工はカバー絵のキャラクター部分と、タイトルや作家名などの文字部分に施されているため、紙などが貼り付いてしまうとこれらが覆い隠され、少なくともいずれかは確実に破損します。自分が本書を買うのはこれで3冊目ですが(2冊目はkindle)、実家に置いてきた1冊目も今頃こうなっているのでしょうか。

『少女・ネム 増補版 HIROSUKE KIZAKI MEMORIAL EDITION』

とても本棚に挿せない危険な本をどうやって部屋に置いておくべきかわからず、困りました。ふと、1950年代のシチュアシオニスト・インターナショナルによる表紙が紙ヤスリでできていて隣の本を破壊する本『Mémoires』のことを思い出しました。実際には、表紙が紙ヤスリだとしても、ブックカバーや袋に包めば簡単に無力化できそうで、ガチで危険というよりはあくまでコンセプトとしての危険さだったと思われます。それにくらべて本書がもたらす危険は本物で、ブックカバーにも袋にも貪欲に貼り付き、自らごと破壊しようとするものです。何かに包むことすら困難となると、一体どのような方法でこの本を部屋に持っておけるでしょうか?? みんなも10秒間考えてみてください。

自分が考えた解決策は、①本全体にブッカーをかける、②剥離剤を塗る、という2案でした。ただし①ブッカー(図書館の本みたいなフィルム)をかけた漫画が個人的に苦手ですし、またその材料を準備するまでの間この状態で放置もできません。ことは急を要す。そこで②剥離剤を選びました。剥離剤を塗りUV加工を溶かして布なりティッシュなりに吸わせることを、さっそく試してみたところ、ごくわずかに印刷にも影響したようでしたが、かまわずちまちま丹念に進めていくと、おおむねきれいにUV加工を除去することができ、ついにカバーを無害なものにすることに成功しました。よかったです!ちなみに使用した剥離剤は手元にあった「アロンアルフアはがし隊」です。デザインのツヤツヤな意匠は失われましたがこの際やむをえません。ややプレミアがついて3500円で買ったこの本のカバーを万が一どうにもできず捨てるしかないとなっていたら、ドス呑みでまんだらけに殴り込んでいたので、おたがい無事でよかったです。

本書の内容はもちろん今読んでも大変素晴らしい漫画でした。そもそも「HIROSUKE KIZAKI MEMORIAL EDITION」と銘打たれた愛蔵版シリーズの一冊であることからして、あらかじめ後世に残す目的があったはずで、数年後に凶暴化してしまう装丁が最もふさわしくない類の本です。出版当時にはUV加工が流行したそうですが、まだ実験された例が少なく数年後の事故を予想しづらかったのかもしれません。とにかく、

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2026-04-08

時間が経ってしまいましたが、「民民」イベントに来てくださった皆さまありがとうございました。当日の体調について、病院の検査結果は全て問題なく完全に健康体でした。永美くんと森田さんと一緒に漫画や映画や文学について色々しゃべったと思います。配信を今日まで買えるそうです。
https://premier.twitcasting.tv/plusonewest/shopcart/419434

自画自賛になりますが、「民民」1号めっちゃいいと思っているのですが実際のところ皆さんどうですか? コンセプトがまじめで、装丁がよくて、各漫画家に宛てた提案があって、おさめられた漫画は多様で、でもまとまっている。『幽遊白書』に「右ストレートでぶっとばす真っすぐいってぶっとばす」というセリフがありましたが、自分はそんな風に感じています。参加できて嬉しいです。いつかあなたが他人の思考を盗聴しながら危険を避けて立ち回る日々に飽きはじめたら、その時はぜひゆったりとくつろいだ姿勢をとり「民民」を開いて、失われていた感情や記憶、そして主権を回復してください。主宰・永美くんが自らの連載をしながら頒布の全作業を負う人柱となってお送りする「民民」1号、ぜひ見てください。

現時点では本屋B&Bさんのwebで買えます。
https://bookandbeer.theshop.jp/items/130983919

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近所のうどん

昨日、近所のうどん屋さんでもりうどんを注文し、スマホをいじって待っていると、店員さんが調味料セットを持ってきてくれて、メニューと醤油を指さしながら何かを説明してくれました。うどんの楽しみ方についての提案のようでしたが、なにやら高度な内容で、自分は別の考えごとをしてたせいで、何のことかわからないままあっ結構ですと言ってしまいました。このお店のうどんはめちゃくちゃうまいのですが、調味料にやや独特の流儀があって、ていねいに説明してくれるのですが、何度か通ううちにもう説明は大丈夫ですねという信頼関係が生まれていました。べつに敷居の高いお店ではなく、提案してくれた通りに調味料をつかってみると実際にめちゃくちゃうまかったので、いつも楽しみのひとつになっていました。今回はその次のレベルに行けたかもしれないせっかくの提案だったのに、残念ながら逸してしまいました。またチャンスを待ちます。それで結局、普通にもりうどんを食べたのですが、めちゃくちゃうまかったです。

2026-02-09

子供のころ母に連れられて行った投票所からの帰り道で、選挙とは何なのかについて教えてもらいました。じゃあ母はだれに投票したのかと質問してみたところ教えてもらえませんでした。それは秘密でいい、投票自由の原則というものがあると母は強調しました。母がどのような候補に投票したか今なら想像がつきます。道ばたで決して口にしなかったのは、自身がマイノリティでありその情報が致命的という事情もあったかもしれません。

2026-01-27

母親が持っていた『Dr.スランプ』の単行本をはじめて読んだとき、自分の知っているアラレちゃんと少しちがっていて、序盤は頭身が高いのが不思議でした。それがどういうことだったのか、自分なりにわかってきました。左は2022年、右は2026年。

2025-12-30

2021年、おすすめ海外マンガを紹介する記事に参加したけど、自分はもうすぐやって来る生成AI全盛時代に対する恐怖で頭が一杯で、愉快でかわいい内容についてほとんど伝えていませんでした(『アイデア』393号)

2025-12-19

以前させていただいた漫画の連載が終わりにさしかかった頃、連載が終わった後の人生について何の考えも持っていない自分に対し、担当編集さんが「この漫画を売るために、新しく漫画を描いてください。漫画を描くことこそが漫画の最も効果的な広告なので(大意)」と言葉をかけてくださいました。担当編集さんはかつて誰もが知っている大手広告代理店に勤めておられた経歴があり、それもあって、広告と漫画についての深い洞察がこめられた言葉だと感じました。色々とお話しくださった中には、自分がにぶすぎるせいでキャッチしきれず逸した言葉も多々あったかとは思いますが、この言葉は自分にも衝撃的に響き、今でも心に突き刺さっています。実際にそれ以来商業漫画から身を引いて5年以上過ごしたことで、自分を動かしてくれた人生の名言となりました。今後も指針とさせていただきたいです。

2025-11-20

集めた資料や綿密にお膳立てしてきた下絵が、制御しづらい葦ペンでザクザク線を引くたび一つ一つ役目を終えていく。盛られすぎた墨汁がドライヤーでは乾ききらなくてスキャナーのガラスの上で拭かれて終わる。描き上がった原稿のしょぼさがとても信じられなくて、ランダムな墨汁だまりや偶然向きが揃った線などの無意味な事故にあたかも目に見えない何かが宿っているかのように自分をそそのかす。ペン入れ楽しいです。

クマの描き方

連日国内で多くの熊害が報道されています。被害にあわれた方々に心からお見舞い申し上げます。

近い将来、クマをかわいらしく肯定的に表現することが反社会的とみなされる風潮になるかもしれないと想像しました。そしてまた、もう少し先の未来、人間が熊害問題を克服したとしたら(クマを絶滅させて?)そのときは逆にクマに同情的な風潮になるかもしれないと想像しました。

クマが恐ろしい害獣であると同時にかわいいキャラクターでもあるという二重性に自分はやや固執しているため、どんな世の中になったとしても自分が描くものは誰かにとって不謹慎にあたりうると思います。せめて誰かにとっておもしろいクマであったらいいなと思います。