巡礼者

ライブを見に行きました。

折り重なった約束を切り崩すばかりの毎日を一度止めて足元を見たくなったとき、好きなバンドの企画に好きなバンドが出るツーマンライブがあると知って券をとりました。

はるか過去に奈良県民の友人が教えてくれてLOSTAGEを好きになりました。もう少し近い過去に読者の方が教えてくれてPeople in the boxを好きになりました。両者ともそれぞれ公式通販を構えられていて自分はおもにそこからCDやDVDなどを直接入手しました。でもライブには今まで一度も行ったことがありませんでした。

当日ついに1年分の約束を果たし終えたとき、思いがけず時間があまってしまい、これだったら前日のPeople in the boxの東京ワンマンも行けたやろがいと悔やみました。でも完売。忘れよう。ここから先はしょぼくれた日々を粗めに挽きつぶしたガンパウダーを頬張った一個の弾丸になるんだ。スマートEXで東京駅から新幹線に飛び乗って大阪へ、いわゆる遠征も初でした。ライブハウスは久々なので、会場ではロッカーに全部あずけて軽装でいよう、開場までに着こうなど手はずを電車内で確認しました。

到着して暗い階段に整列しているとやがて開場となり、最前列ではないまでも素敵な好位置を授かりました。そこから開演まで1時間あまり自ら科した不自由と退屈にさいなまれました。好きな音楽とは限らないSEが鳴り響く会場の一点に立ちつづける体験は、まずライブハウスが億劫だったわけを思い出させてくれました。しかし暗闇の中で感覚が研ぎ澄まされてくるとおもむろに全てが反転し、スマホにふれずとも沈思黙考がはかどる明鏡止水の境地に達しました。文化と人の関わり、流行、今ここに辿り着いた人生のめぐり合わせについて考えていると時間がみるみる縮んでゆく。そんな意識変容がリアルに修行のようだと思われて、よく言われる「地蔵」という比喩の的確さを思い知りました。

両者のファンでありかつ明鏡止水の今、ライブの全てが面白の塊な予感がしてワクワクしましたが、実際そうであったばかりか両者とも活動歴の名場面を駆けぬける必殺のセットリストで脳がしびれました。先日Apple Musicが教えてくれた2024年の最多再生数も最長再生時間もPeople in the boxで、さらにライブDVDもよく見ましたが、欄間の組子のように精巧な演奏の端々に人肌の熱が灯されるところが目の前でより高次元で見られたありがたみに思わず手を合わせたくなりました。LOSTAGEは多彩な機微や生活感を加えて未来に向かいつつも、最初期の「手紙」という若い感情の爆発を何ひとつ嘘を感じさせずに、ギター2本の美しかったアンサンブルをギター1本+生き様にかえた現在形で演奏されてて非常に感動しました。

かつて数少ない友人の半分以上はライブハウス界隈や軽音楽部で、漫画家さんとすら地元のライブハウスで知り合い、自身もヒマすぎて一時期バンドをしました。もちろんライブハウスはいつでも若者の場所なのでそこにいたのもほんの数年間で、その後すぐ守りきれない約束が押し寄せて生活の大半を埋め尽くしました。それでもなお心のどこかはライブハウスにあるようでした。

大阪へ来たついでに、奈良県明日香村に泊まって借りた自転車で古墳や寺社をめぐり、地元の神戸モスクを見学して信仰のお話を聴き、実家の家族と合流してトルコ料理店やブリュレを焼く店でお茶をし、のぼってくる満月を双眼鏡でかわるがわる覗き込んだところで旅は終わりました。そういえばLOSTAGEが去年発表した最新作は「Pilgrim」(巡礼者)だったと思い出し、なんだか今回の旅は日常を離れてルーツや聖地を訪ねる巡礼の旅だったような気がしてきました。若い日の希望はもろくも剥落しそれを強く鍛えて復活させるのが今の約束だと思いました。