漫画vs正義

幼少時に読んだ『天才バカボン』で、バカボンのパパが、トイレットペーパーの節約術として「紙の中央に穴を開けて指先を出して拭くと紙はよごれないので何度も使えてエコだ」と提案する場面がありました。

その場面は強く印象に残っており、折に触れて思い出し、今では自分にとって大事な漫画体験になっています。ただその後一度も読み返していないので、自分の記憶が精確なのかはややおぼつかない。そこで、このエピソードがどこで読めるのかご存じの方〜?とSNSに投稿してみました。すると、かねひさ和哉さんが、それは「ヒーローマガジン」最終号に掲載された「びっくりトイレ大集合なのだ」というエピソードであり単行本には未収録だがのちに『天才バカボン THE BEST 講談社版』に収録された、と教えてくださいました。

たしかに細部の記憶は間違っていて、提案したのはバカボンのパパではなくトイレ研究部でした。しかし解説書ふうの語り口や、終始ツッコミがなく「さすがはトイレ研究部」「これなら地球資源の保護になるのだ」と締めくくられる点など、おおよそは記憶どおりでした。

幼かった自分はこれを読んで「この方法では指先が汚れる。トイレットペーパーの機能を果たさず本末転倒では?万が一これを読んだ人が真似したら絶対に指がくさい地獄が約束されている。とんでもない漫画だ。正しい口調なのに間違った危険なメッセージが書いてある!!!!!」とまじめに怒りました。

そんなに怒ったのは、自分自身、一人でお尻を拭けるようになってまだあまり間もない時期だったからかなと思います。自分は努力してちゃんとお尻を拭けるようになった、だがこの漫画はどうだ、とんでもないウソを描いている!それは正論ですが、自分は漫画とは何なのかがわかっていませんでした。

ちなみにこの漫画は英語圏で有名なジョークをそのまま漫画に起こしたもののようです。「紙に穴を開ける際にちぎりとった小さい紙片をキープしておいて後に使う」というフックが共通しています。

今ではこう思います。漫画は精密に論理を組み立てる議論には向かず、じゃあ何に向いてるかといったら諸説あるかと思いますがやはり風刺だと思います。風刺は人間の間違いを間違いの手触りが残るように意図して描くもので、なかでも特に滑稽味を先鋭化させたのがギャグです。

最近、ある漫画に対して、間違っている!と正論で批判している人を見かけ、自分もこんなに漫画に怒ったことがあったっけ?そうだあの時だ!と思い出すことが何度かあり、いちど本作をちゃんと読み返したかったのでした。生まれて初めて理解に苦しんだ思い出の漫画を、また読めてよかったです。

(最近、自分がマンガを描きはじめた頃の初心を見つめ直しています)